アカデミーの図書室で何とか時間を潰し、出入り口近くの庭をウロウロしていた。



(そろそろ、かな?)



アカデミーの正門の方を背伸びして見渡してみる。

薄紫色から群青色に染まりつつある黄昏時の空。

人の姿が、ぼんやりと闇に溶け始めていた。

必死に目を凝らし、行き交う人々の顔を判別する。





やがて、遠く微かなざわめきの中から、最愛の人の気配を間違いなく感じ取った。



―――― 帰ってきた!



嬉しくて、つい、駆け寄りそうになる。

でも、ちょっとだけ悪戯心が芽生えて、グッとその場に踏み止まると、そっと近くの大樹の影に隠れて待った。





どんどん近づいてくる愛しい人の気配。

心臓が口から飛び出しそうなほど、バクバクいっている。

気配を消してそっと覗けば、今まさにカカシが仲間と目の前を通り過ぎるところだった。



「ぁ・・・・・」




仲間と何を話しているのか、軽く笑い声を上げる姿は昔のままで。


懐かしさのあまり、つい涙が溢れそうになった。





―――― カカシ先生・・・。先生に会うの何ヶ月ぶりかな・・・? 少し痩せたね。 でも、大きな怪我はないみたい。

      良かった、無事に戻ってきてくれて・・・。本当に、良かった・・・。




遠ざかる後姿を見送りながら、静かにカカシの無事を喜ぶ。


声をかけるタイミングは、完全に失われていた。

でも、別に構いはしない。



(今日は、このまま帰ろう・・・)



踵を返し、その場を立ち去ろうとすると、






「あれー・・・? 帰っちゃうのー?」


―――!!」


「そんな所に隠れてないでさ。 ちゃんと顔見せてよ」




カカシが軽く振り返りながら、ニッコリと笑いかけていた。





「アハハ・・・。 バレテタ・・・?」


「・・・あのなー、バレバレ。 俺を誰だと思ってんのよ。 んー? サクラがどこに隠れていようと、すぐに見つけ出す自信あるぞ」


チョン、と軽くサクラの額を突っつく。



・・・・・・オ見逸レ致シマシタ。



チラリと上目遣いに覗くと、全くもう、という呆れ顔のカカシ。

何だか急に笑いがこみ上げてたらなくなった。



「フフフフ・・・。 お帰りなさい! カカシ先生!!」



真っ直ぐにカカシを見上げる。

満開の花のような、極上の笑顔が広がった。



「ああ・・・。 ただいま、サクラ」



静かに微笑みながら、そっと髪に触れる長い指。

くすぐったいような恥ずかしいような、とても懐かしい感触に酔いしれる。



――― 嬉しい。 先生に逢えて、とっても嬉しい・・・



どんどん、喜びが溢れ出てくる。 ますます、笑顔が零れ落ちる。



「サクラ、もう仕事終わり? 良かったら一緒にメシでもどう?」


「うん!」


一も二もなく、了承した。





――― ・ ――― ・ ――― ・ ――― ・――― ・ ――― ・―――





図書室で落ち合う約束を交わし、サクラと別れた。



久しぶりに元部下の姿を目にした時、正直、息を呑んだ。

あまりに綺麗になっていて。



ほんの数ヶ月逢ってなかっただけなのに、子供らしさが影を潜め、代わりに瑞々しい艶やかさが備わっている。

ニッコリと笑いかけられた時、柄にもなくドキドキしてしまった。



(なんか調子狂っちゃうよねぇ・・・。 思わず、メシに誘っちゃったけどさ。 別に変じゃないよな。 元部下なんだし・・・)



少女の思わぬ成長を目の当たりにし、予想外に狼狽している自分に戸惑っていると、


「おい。 今の娘、お前んトコの班にいたくの一だろ?」


仲間の一人が、ニヤニヤしながら話しかけてきた。





「ああ、そうだけど?」


「春野って言ったっけ? 最近なんかすごい人気らしいぞ」


「へー・・・」


「若い野郎ドモが、何とかお近付きになろうと躍起になってるそうなんだが、どうにも五代目のガードが固すぎて、

 全員玉砕してるらしくってなぁ・・・」



(ふーん・・・。 そんなにモテてるんだ、サクラ。 ・・・まあ、あの容姿だからねぇ・・・)



ハハハ! と高笑いをしながら、奴が続ける。


「でもな。 誰も近付けない春野に、唯一、近付ける奴がいてな。

それが、カカシ、お前なんだってよ! 良かったなー! ワーッハッハッハ!!」



(ハァ・・・?)

思わず横目で睨みつけてやると、



「まあせいぜい、若いライバル共にヤラれねーように気をつけるこったなー。 じゃあな!」


要らぬお節介を受けてしまった。





「・・・ライバル、ねぇ・・・」


ぽりぽりと頬を掻きながら言葉の意味を考える。



(別に・・・そういうつもりじゃ、ないけどさ・・・)




とにかく、さっさと雑用を済まし、図書室へ向かおう。











 ――― カチャ・・・



そっと中を窺うと、サクラは一番奥の席で分厚い専門書を読んでいた。


(ホント、勉強熱心なんだよねー)


思わず笑みが零れ、ツーッと視線を巡らせて見ると ―――


「!?」


確かに、チロチロとサクラに気配を飛ばしている奴が何人もいやがる。

(一人、二人、三人・・・・・・って、ここにいる野郎全員か!?)





「あー・・・ウォッホン!」


わざとらしい咳払いをしながら、中に入った。





「サックラー、お待たせー!」


「あっ、先生もう終わったの?」



周囲に見せつけるように、サクラに近づき声をかける。

そそくさと本をしまい、サクラが嬉しそうに側に寄ってきた。

途端に、嫉妬と羨望の混ざった殺気が容赦なくカカシに襲いかかってくる。



(ハハハ・・・、おれに殺気放つなんて、いい度胸してるじゃない。 お前ら・・・)


――― いいか!? サクラに言い寄ろうなんて100万年早いぞ!!





「・・・・・・先生、どうかした?」


「えっ?」


「顔が・・・怒ってる」


「ああ、いや・・・気のせい気のせい。 アハハハ・・・」




――― まずはさっさと、サクラと一緒に図書室を出よう。



(今日のところは勘弁してやるが、次はないと思えよ。 お前らの顔はきっちりと覚えたからな。 覚悟しとけ!)


扉を閉める間際、凄まじいまでの殺気を放ってやった。


(これで奴らも、当分手出しはできないでしょ〜)





「・・・・・・五代目も大変そうだね」


「え? なんか言った?」


「いーや。 なんにもv」